サークル・チームの歴史

ホーネットは1993年に新潟大学のバスケットボールサークルとして設立されました。発足時の名称はHOR-NET(現在はHORNETとして活動しています)。今は「スズメバチ」を全面に押し出していますが、ヒデさんによるともともと名前の由来となったのは戦闘機のHORNETらしいです。1993年当時の創設者が大学2年生だったため、毎年2年生がサークル長をつとめており、毎回20~30人くらいが集まって火曜日と土曜日に内野で活動していたそうです。

第1期、第2期、第5期はとても強くて、新潟市市民バスケットボール大会(通称市民戦)ではAクラスの常連だったとのこと。O.F.FのOGである私の知り合いも「かなり強かった」と言っていました。

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現在の代表である私も大学1年生のときに友人に誘われてHORNETに入りました。

2003年市民戦写真

大学の体育の授業で仲良くなった人に誘われてついていったサークルがホーネットでした。最初の印象は「そんなに強くないな」という感じ。膝の怪我をかかえていた私は大学ではバスケをやめることも考えていたのですが、友人の強い誘いもあって「ここなら大丈夫か」と思いホーネットに入ることに決めました。

平成15年賞状

年2回開催される市民戦がメインの大会。当時は上級生チームと下級生チームの2チームで出場しており、私が加入したときは下級生チームはEクラス(A~Eの一番下のクラス)に出場していました。

平成16年賞状

Eクラスでの一回戦。111-12の99点差で勝利します。私と私の高校のチームメイトである番Bが調子にのったプレーを連発し、99点差の試合をしたことも初めてでしたが、この試合で取った約60点は私の生涯最高得点となっています。得点のほとんどは番Bからパスを受けてのレイアップでした。

このときは結局ベスト4まで勝ち上がったものの優勝を逃しましたが、一つ上のクラスに参加する権利を得ることができました。(市民戦はベスト4に入ると次回は強制的に上のクラスに移動するルールです)

全学バスケットボール大会賞状

現在は残念ながら無くなってしまいましたが、当時は新潟大学内で全学バスケットボール大会というものがあり、そこでも3位という好成績をおさめることもできました。

全学バスケットボール大会

現在でも工学部だけのバスケットボール大会などが開催されていますが、この大会は学部の垣根を越えた大規模な大会でした。バスケ部の人たちもいろいろなチームに散らばって出場している中で3位というのはナイスな感じでした。(うちにもバスケ部の助っ人がいましたが)

ミニバス集合写真

この頃からミニバス(内野オールスターズ)のコーチをするようになります。ここで新潟最強のクラブチームと名高いHEDGE HOG(ヘッジホッグ)の高木氏(Mr.新潟)と知り合い、一緒に女子チームを教えていました。

ちなみに高木氏はヘッジができる前はビバハヤトというチーム(下の写真)で試合に出ていました。こちらも新大バスケ部OBチームで練習試合などもしてもらいました。

ビバハヤトとの練習試合

もっと試合がしたい!ということで、秋葉区バスケットボール大会(新津市民戦)にも出場するようになりました。この頃はウエイトにはまっていたので、ヒョロヒョロの私も腕が太くなっていました。

秋葉区バスケットボール大会

その後の新潟市市民戦でもベスト4に入ることが多く、Dクラス、Cクラスと徐々に昇格していきました。手元にあるのは3位の賞状ばかりです。

平成19年の賞状

私が大学を卒業することになって、ホーネットは社会人が中心のチームになりました。といっても代表が社会人になったというだけで学生メンバーも一緒に活動しています。

コスポで大会

市民戦では念願のAクラス昇格を果たしましたが、なかなか勝てません。いつBクラスに降格するかひやひやしている状態ですが、まずは一回戦突破を目指して頑張っています。強いHORNETを復活させたい!それが現メンバーの願いです。

新津市民戦

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