気付かされている

たぶん、ほとんどの「気づき」って自分自身の力だけで気づくのではなくて、他の人の力もかりて気がついている。今よりも前に見たこと、聞いたことに影響を受けていて(無自覚で)、そのお陰で「新しく気づく」ことができる。

私もいつも「気づいた!」みたいに言っているけど、これは自分の力だけで気づいたんじゃなくて、過去にどこかの誰かに受けた影響のお陰で気付けたっていうのが正解だと思う。自分で気づいたって思ってることのほとんどは、他人に気付かされてるってことだな。

チノさんのレイアップシュート

「自分の考え」として話されることのほとんどは、完全にオリジナルではないね。誰もが自分以外のいろんな人から影響を受けてて、影響を受けた人の受け売りだったり、いいとこ取りだったりを自分の考えとして言っている。そこで話される言葉は「自分以外の誰かの言葉」だったりする。

実際私が話していることの大部分はそうだと思う。自覚できていない部分もかなりあるし。自分が考えたと思っていることのほとんどは、たぶん誰かの受け売りだ。

でも、それでいい。

というか、たぶんほとんどの人にとってはそれしか「考え」や「考え方」を養っていく方法が無い。完全にオリジナルなことを話せる人(ゼロから何かを生み出せる人)なんてほとんどいないだろうし。だいたい話す内容がオリジナルである必要もないしね。その内容が聞いた人の、読んだ人の役に立っているのであれば、誰が考えたことかなんてどうでもいい。

そんなわけで、私がここで色々書いていられるのは、今まで関わりを持ってくれた人たちのお陰でもあるわけです。好きな人も嫌いな人も。全員のおかげ。そう思ったら感謝せずにはいられないな。

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4 Responses to “気付かされている”

  1. とやまてつひろ より:

    俺の影響が9割占めてるだろな

  2. エビ より:

    いやいや・・・俺という存在が大きな影響を与えているに違いない!!

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