教えたことを忘れられる

以前私がその人に教えた内容を、その人から「気づいたんですけど」「考えたんですけど」みたいにして言われた経験が何回かあります。そのたびに「あ、それ俺が教えたことだ」と心の中で密かに思ったりしながらウンウンと話を聞きます。教えたことを忘れられたと思うとちょっぴり悲しい気もしますが、でも、大きな視点で見たらそれは指導の成功かなと思います。

聞いたときは興味がなかったのか、実感できなかったのか、完全にスルーだったんです(聞いている態度ではあったけど)。だから「教えられた」とは記憶には残らなかった。でも、無意識的に頭の中にはその情報が残っていて、そして長い時間を経て自分が言われたことと同じような状況を体験したときに、その今まで無意識的に蓄積されていた情報が蘇ってくる。

ただ、そのとき本人には「自分の中にあったものが蘇ってくる」という感覚はなくて、「新しく気づいた」って思う。それで私に「気づきました!」と話す。

もちろん、逆のパターンもあります。私が「ねえねえ、すげーいいことに気づいたんだけど」って話すと、「だからそれ前に言ったじゃん!」って言われることが結構ある。トマに言われたこともある(笑)

教えられたってことを忘れていてさも自分で気がついたかのように人に話しているのはドンマイとしか言いようがないけれども、でも「誰かから聞いたこと」が「自分で気づいたこと」に昇華しているっていうのはとても大事なことですね。人から聞いてもね、やっぱ身にしみないからね。自分で経験(実感)しないと。実感して初めて「理解した」って言えるんだよね。

そういうことを考えたら、「教えたことを忘れられる」って喜ばしいことです。その人が自分で気がついて言ってきたということは、教えたことが完全に伝わったってことだから。指導ってこういうことなんかなと最近は思っています。どうでしょう、べんぞうさん。

ヤマザキの高いジャンプ

スポンサーリンク

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ